2010年10月26日火曜日

3+1 ≠ 4?

さてさて、前回までの話は主にタイ・ミュージック初体験的なものを書きました。
タイに行き始めた90年代後半は、あくまでネタ的なものをメインに探してて、それはある意味タイという国に対して、平たく言えばバラエティ番組っぽく、悪く言えば上から目線で色んな音源を漁りまくってました。

そんなとき、G-ダイアリーっちゅう雑誌にこのバンドが取り上げられてました。
因みにこの雑誌、いわゆるタイの風俗誌みたようなもんです。

まぁ、夜の街のことが大半ですが、当時はタイの最新鋭な音楽情報が1ページだけ載ってまして、その頁でその後、PLUやPARADOX、MODERN DOGなんかも知ることができたわけですが、その中でもとにかく個人的にお気に入りやったのが、このSilly Fools

初めて買ったのは、この曲が収録されたアルバムではなく、「CANDY MAN」ってセカンドアルバムでして、こんな激しい曲は皆目なかったんです。



それでもなんか彼らのバックボーンとなるものに、例えて云うならパンク的なものを感じさせるものがありました。
だからこそ、いつ彼らが爆発してくれるのかと心待ちにしておったわけなんですが、私の買った『CANDY MAN』の次のアルバム『MINT』では、なんともポップ路線にはしって行ってしまったんです。
まぁポップとはいえ、彼らの根底にあるフツフツとしたものがあるのは、その中から感じられましたし、だからこそその次のアルバムに期待してたわけです。

で、出たんです。4枚目のアルバム『Juicy』が。
正味の話、この曲以外は前作の『Mint』路線で非常にポップ。
この曲もかなりポップですが、ザクっと刻むTONのギターリフとTORの細かいのに大きいグルーヴを感じさせるイントロのフレーズは多分ロック史上に残るかなと。
それにTOHの民族的なセンスを取り入れたヴォーカルラインとこの曲では低音を刻むことに徹しているLANGのベースが加わったこの曲自体、ロック史上に残る、いや、残したい1曲です。

彼らだけでなくタイロックのヒトたちってレーベルの制約があるのかないのかは分かりませんが、とにかくリフは重たかったり、イカツかったりするんですが、ヴォーカルラインがとってもポップでキャッチーなところがあるんです。
それがアジア特有の味なんかなぁ…などと感じたりもしますが。
ただ、これが非常に微妙なところでして、そこにこだわりすぎてしまうと、昨今のBIG ASSのような日本のビジュアル系と何ら変わらんような音になってしまってぜんぜん面白くないんですがね。

その後5枚目のアルバム『KING SIZE』を最後にヴォーカルのTOHは抜けてしまうんです。
このアルバム、買った当時はあまりのポップすぎなところ聴くに耐えへんかったんですが、今回改めて聴くと、昨今のタイロックにはない、明るいのにどこか哀愁漂う歌メロに涙してしまいます。
Silly Foolsは新しいヴォーカルを入れてニューアルバムをリリースして、TOHも新バンド"HANGMAN"を結成してアルバムをリリースしたところまでは知ってます。

SFのほうは、声は違えどそれなりにTOHのヴォーカルスタイルを踏襲したもんだったんですが、最後のひとひねりがない感じ。

一方HANGMANはTOH独特の世界観がかなり強調されてますし、メンバーもSFに負けん位上手…でも曲ありきではなくてプレイありきなところに若気の至りを感じずにはいられんといった具合。

結局この2バンド、今どうなってるんでしょね。
3+1=4にはならんし、1+3=4とは限らんというのが、なんとも哀しい。


2010年10月22日金曜日

タイのアイドル

今回はタイのアイドル初体験の話。

当時の私はパックパッカー(航空会社のパックツアーで行って、現地のプログラムを全てキャンセルしてバックパッカー気分を味わうヘタレ)で、ゲストハウスに泊まるということはありませんでした。
まだまだゲストハウスなんぞに泊まる勇気も無く、モーニングが付いてて、温水が出て、テレビが観られる…そんなホテルにばーっかり泊まってたんです。


ヘタレとは常々思っていましたが、タイ旅行初心者の私にとってそんなホテルに常設してるテレビは大変重宝したのです。
なんせ現地の生の流行を目の当たりにできるんですから。
ある程度のクラスのホテル泊まりだったので、タイのMTVなんかがケーブルでやってまして、はじめはそこから色々と何が流行りなのか、タイポップってどんなんなのかを外から帰るとずーっと観てました。


そしてある日の深夜、何気にMTVを観ていると突然、脱力系ダンスを笑顔でやってる2人組が目に飛び込んできました。
それが、TRIUMPHS KINGDOMuan」だったのです。


風船を抱えたようなスタイルと、ひよこスタイルのダンスだけで突き進むサビには、もう釘付け。
たった2アクションですよ。


更にこのウィスパーボイス。
今のアイドルじゃなかなかないです。


歌唱力なんてクソ食らえといわんばかりの開き直り方に、本来のアイドルのあるべき姿をみたような気がして、次の日に早速彼女たちのアルバムを確保。
日本に帰ってからもこの曲のサビがくるたび、例のダンスをヒトリで踊るほどハマりました。


2001年にこのユニットは解散したんですが、それからしばらくして再結成の話がもちあがってたようです。
しかし、そんな話が出た矢先、ジョイスが覚せい剤の運び屋をやってたことが明るみになって御用。
再結成の話も水泡に帰すこととなったようです。





おまけで、同系列のアイドルNIECE。
彼女たちも当時のタイアイドルを語るうえで、個人的にははずせない存在です。
たしかこれも98年やったかいな?
当時のタワレコの週間ベスト1に彼女たちのファーストカセット(!!)が輝いてました。

2010年10月21日木曜日

FLY~戒めの唄~

前回は私にとっての初めてのモーラム・アイドル"ピムパー"を紹介しましたが、今回は私にとって初めてのタイ・ロックスターを紹介します。

そうそう、この頁は基本的に新しいもんは紹介しませんからね。
今のところ、私的に当時を懐かしみつつ、また私的に感じた良きアジアの時代を知ってもらうのに見てもらえればと思っている程度ですので。


新しいのんは、また海外に行く金ができたときにでも考えます。


まぁまぁ、そんな良き時代に逢ったロックスター、それがFLY。
あれは、どこやったかいな…確かチャトチャックのマーケットにある小さいテープ屋で「タイで有名なロックバンドはあるか?」って訊いたところ、そこのおっちゃんがコレミヨガシにとFLYのアルバムを出して聴かせてくれたんですが、これがもうニルヴァーナまんまのリフ。
※セカンド6曲目に収録されてる「Dok An Chan」て曲。

当時は丁度グランジやらオルタナってジャンルが洋楽でもてはやされて、そろそろ廃れはじめた時期だっただけに、それはもう「う~け~るぅ~」だったのです。

要はネタ的意味合いでお買い上げしたバンドでしたが、帰国して改めて聴いていくとなかなかどうして、キャッチーなロック満載で、その後ヴォーカルのIdが脱退するまでの全作品を買うてしまうほどのファンになってしもたのです。

その中でも彼らの3rdアルバムに収められたこの曲は、タイトルも歌詞もかなりショッキングでした。
邦題タイトルは「農夫とコブラ」


なんでも、この歌詞はタイに伝わる逸話を題材にしたもんらしいのです。
内容は私もしっかりと把握はしとりませんが、大体こんな感じ。

~農夫がある日傷ついたコブラを発見し、それを自宅へ持ち帰り手厚く看病したとさ。
傷も癒え、元気になったコブラさんは世話んなった農夫にお礼を云うかと思いきや、噛み付き殺してしまう…~

なんともバッドエンドな内容なのです。
この逸話には、むやみに何でも信用しちゃあいけないよってな戒めの意味もあるとかないとか。

そんな歌を哀愁漂うロックに乗せるなんざ、さすが敬虔な仏教国タイならではなんかなと、ここからずるずるタイ音楽の魅力にとり憑かれてくわけなんでございます。

このFLY、というかメインヴォーカルを務めてたId、FLY脱退の要因となったのがよくある音楽性の違いなんですが、大体そんな場合ってベーシックなジャンルがロックであれば、その中で別の道へ進んでくことが定説なんですが、彼の場合ルークトゥン・シンガーへ転向してしまったんです。




そのへんもタイらしいといえば、タイらしい。

2010年10月16日土曜日

ピムパー・ポーンシリー

私がタイの音楽に興味を持ったきっかけとなったのがモーラムでした。
というより、そのジャンル以前にピムパー・ポーンシリーという女性モーラム歌手に…
というよりこのジャケットに魅了されたというのが実のところなんです。



これは今から12年前に初めてタイ旅行へ行ったとき、バンコクにまだタワーレコードがあった時代の頃です。
意外に今みると一回りして、これはこれで新しいのかなぁなどと思ったりもするんですが、当時はこのでかいサングラスとレトロなトレーナー、それに厚化粧という姿で微笑む彼女は衝撃でした。
ヤンキーテイストも匂わせた一昔前のおしゃれ感漂う風貌に懐かしさを覚えたのかもしれません。
で、このアルバムに入っていた1曲目がこの曲。
タイトルは「Song Saan Louk」意味は知りません。



出だしの「たかたっ!たかたっ!たかたっ!たかたーたーたーたーたー」っちゅー大胆なキメフレーズもさることながら、0'53''から0'55''あたりで登場する不安定というか、思いつき的なメロ移行に当初は"エエッ!?"と度肝を抜かれたのを今でも覚えとります。

その後この曲以外にももっと"エエッ!?"的な曲がこのアルバムにはたくさんあって、これがその後ネタ的にタイ音楽を取り上げるきっかけにもなったわけです。

因みに下の曲はその昔NHKで深夜やってた世界紀行でタイのコーナーのときにBGMでかかってたやつ

http://www.youtube.com/watch?v=R8LrCPonASQ



で、この人の好きなところはたま~にジャケで我がの身を削ってしまうところなんです。


2010年10月13日水曜日

亜名亜喜以 韻坐 亜細亜 再開

はじめまして。私をご存知の方、ご無沙汰してます。
てぃんです。
唐突ですが『亜名亜喜以 韻坐 亜細亜』というホームページをご存知でしょか。
今から10年ほど前にアジアのアナーキーな一面、とくに音楽を紹介するために私が作ったホームページです。

それがこれ↓
http://a-intheasia.hp.infoseek.co.jp/

はじめはネタ的な意味合いではじめた頁ですが、その後、色々なヒトたちに支えられ、約4年ばかりの短い期間ですがやってきました。

因みに当時はまだYoutubeなんかでタイやカンボジアの音楽なぞ聴けるはずもなく、ひたすら海外のHPから直リンクしてみたり、個人的に"別館"を作って、そちらで自ら買ってきたカセットの音源なんかを紹介してたりなんかしてました。
そう考えれば、今の世の中、大変便利になりましたなぁ…。


そうやって色々やってきましたが、6年ほど前からアジアのポップシーンにあまり面白味を感じなくなってしまい、ずっと『亜名亜喜以…』は現在まで放置状態でした。

じゃあ、何でそのホームページをまたやろうと思ったのか?
そんな堅い話はやる前から決めても仕方がないので、そのうち何かが見えてくることでしょう。

どれくらいの頻度で更新できるかわかりませんが、何かしら皆様のお役に立てればと。
細々と頑張っていきます。