過去のアイドルとしては、あまりにも勿体無さ過ぎるアーティストがいる。
それがChinaDollsなのです。
彼女たちの経歴についてはよく分かりませんが、私が彼女たちのパフォーマンスを見たのが、2000年やったかな?BSでタイポップを中心としたイベントが放送されるって話を聞きつけ、当時BSが見れてた友人に頼んで録画してもらったものがはじめてでした。
彼女たちはタイ国内の華僑であることを全面的に押し出した売り方をタイ国内で展開し、それを今度は中国語圏へと徐々に展開していき、最終的にはアジアでそれなりの地位を築いたタイポップ界に誇るユニットではあります。
正に誰もが思い浮かべるステレオタイプな中華的音階に中国語のラップと、中華テイスト満載なのに何故か中国のそれとは全く違うものに感じられるところに私はヒジョーに惹かれたのです。
まぁ、まずこの曲を聴いてみて下さいな。
どうです?
このイナタイ…というかダンスナンバーであるにもかかわらず、癒しにも似たユルイ雰囲気。
こんなノリ、中国には私の知る限り、ないです。
このノリは、正にタイであり、他ならないのです。
何を根拠にって、それはタイポップ、もしくはルークトゥンで検索してみて下さいな。
曲調こそ違えど、一昔前にあったタイ国内のダンスナンバーって大体このノリです。
(とはいうものの、China Dollsの曲は大阪・梅田の「アジアジア」という中華料理店では開店から暫くの間、彼女たちのファーストとセカンドばかりを常に流してました)
ChinaDolls名義で一度来日して、そのときに彼女たちにインタビューさせてもらったんです。
でね、そのときにこれまでに出した曲を踏まえて、もっとルークトゥン色の強い曲も取り入れていかへんのんかを聞いたところ、ルークトゥンなんて恐れ多いという回答が返ってきたんです。
今後紹介予定のPUNCHも似たようなことを言っておりますが、タイポップシンガーとルークトゥン&モーラムシンガーとの間には目に見えない垣根があります。
ここ最近はへったくそな後者も少なくないですが、それでもやっぱりへったくそではありますが、ルークトゥン歌手という線引きはあるようです。
それがどういう基準で線引きされているのかはわかりませんが、スナーリー・ラーチャシーマやプムプワン・ドゥアンチャイあたりを聴くと、ぼやっとではありますが、曲調やメロディという部分を越えた精神論や哲学的な何かが線引きの対象になっているのかな?なぞと勘ぐったりしてしまいます。
なにはともあれ、ある意味彼女たちがいなければ、タイポップは2000年以降もベトナムのようなダッサダサのバラード一辺倒に終わってしまっていたかもしれないというと言い過ぎか(笑)
そんな彼女たちも2004年以降、お人形さんでいることに苦痛を感じたのか感じなかったのかはわかりませんが、それまでのステレオタイプ路線から一転、R&Bへ方向性を変え、1枚アルバムを出したものの、結果的に不発となり、China Dollsとしての活動に終止符をうつこととなってしまうのです。
(タイの知人に彼女たちの売れていた音楽性について訊いてみると、子供向けの音楽に過ぎないとの見解がありました)
その後tiwafurafuraという企画モノのメンバーとして参加もしますが、その扱いの酷さにワーワーは所属レーベルGMMグラミーから姿を消してしまうこととなり、事実上Chinadollsの再結成は不可能となりました。
これはリスナーとして非常にわがままな意見ですが、あのままステレオタイプの音楽性で行けば、もう少し天下を取れていたかもしれません。
しかし、アーティストたるもの常に前進。
China Dollsの破綻はデビュー当初から予期されていたかもしれません。
が、しかし、勿体無いユニットでした